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東京高等裁判所 平成10年(ネ)1938号 判決

控訴人

右訴訟代理人弁護士

森川正治

被控訴人

佐竹造船興業株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

佐野善房

小畠常義

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二当事者の主張

次のとおり付け加えるほか、原判決「事実」中の「第二 当事者の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決書の補正

原判決書三枚目表八行目の「前記贈与」を「前記代物弁済予約をし、それに基づき前記贈与を原因とする持分全部移転登記」に改める。

二  当事者の当審における新たな主張

1  控訴人の主張

(一) 訴外Bが、訴外Cから平成四年一二月四日に借り受けた一八〇〇万円と同日から平成五年五月末日までの利息五〇〇万円との合計二三〇〇万円の消費貸借債務(以下「本件旧債務」ともいう。)について、訴外C及び控訴人との間で≪証拠省略≫によりした合意(以下「本件代物弁済予約」ともいう。)においては、訴外Bが取得する本件土地建物の持分(六三〇〇分の二三〇〇。以下「B持分」ともいう。)の真の権利者は訴外Cであり、訴外C又は控訴人において移転登記の請求をした場合には、訴外Bは速やかにその手続をする旨の合意が含まれている。

(二) 本件持分全部移転登記は、贈与を原因としてされているが、右のような代物弁済の予約に基づき訴外C及び控訴人において予約完結権を行使した結果されたものである(以下、この代物弁済を「本件代物弁済」ともいう。)。

(三) また、本件土地建物には、住宅金融公庫のために被担保債権額二三〇〇万円の抵当権(以下「本件抵当権」ともいう。)が設定されていたところ、購入代金五九一九万一四四〇円を時価とすると、B持分の本件代物弁済予約時における価格は二一六〇万九五七三円であり、これに本件抵当権が設定されていたのであるから、B持分は一般債権者のための責任財産に属しておらず、B持分による代物弁済に詐害性はない。

2  被控訴人の主張

本件抵当権は本件土地建物全体に設定されていたのであるから、B持分は、持分割合に応じてその担保責任を負担していると見るべきである。したがって、その負担額は、借入金二三〇〇万円の六三〇〇分の二三〇〇である八三九万六八二五円であり、これを持分価格二三〇〇万円から控除すると、一般債権者に対する責任財産の額は、一四六〇万三一七五円となる。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  被控訴人の訴外Bに対する債権取得の経緯及び訴外Bから控訴人に本件土地建物の持分全部移転登記がされた経緯に関する当裁判所の判断は、原判決「理由」中の「一」及び「二」記載のとおりであるから、これを引用する。

二  次に、本件持分全部移転登記は、平成七年一月一八日の贈与を原因としてされているが、右に判示した経緯と証拠(証人B、控訴人本人)及び弁論の全趣旨によると、右移転登記は、≪証拠省略≫によってされた平成五年五月一〇日の合意に基づき訴外C及び控訴人の請求により登記原因を贈与として申請手続がされたものと認められる。

そして、右合意は、B持分をもって本件旧債務の弁済をするという一種の代物弁済の予約と解するのが相当であり、平成七年一月一八日に控訴人と訴外Bとが離婚の合意をした際、訴外Cも参加し、右予約に基づく代物弁済の方法として訴外Bから控訴人に財産分与をしたことにして直接移転登記をすることが合意されたものと認められる(≪証拠省略≫、証人B、控訴人本人)。その後、原因を贈与として登記手続がされているが、それは司法書士と相談をした結果によるものであり(証人B、控訴人本人)。)、右に判示したところによると、三者が右移転登記の合意をした際に訴外Cから控訴人にBの贈与がされたものと認められるから、右移転登記は、一種の中間省略登記に当たり、その登記原因が贈与とされたことから、訴外Bにおいて控訴人に持分を贈与したものと認めることはできない。

また、本件においては、他に、平成七年一月一八日に訴外Bから控訴人に対しB持分の贈与がされたことを認めるに足りる証拠はない。

なお、控訴人は、原審において贈与を原因とする持分全部移転登記がされていることを前提として、持分移転の原因を「財産分与的な意味での贈与」である旨主張しているが、控訴人が原審において平成八年一〇月一日付け準備書面及び平成九年八月五日付け準備書面により主張した事実には、本件代物弁済予約及び本件代物弁済の事実が含まれており、控訴人の「財産分与的な意味での贈与」という主張は、それらの事実と本件持分全部移転登記の登記原因が贈与とされていることとを前提とする法的評価の主張と見るべきものであるから、原審において訴外Bから控訴人に贈与がされたことにつき自白が成立していたと見ることはできない。

もっとも、本件においては、被控訴人が予備的請求原因として主張しているところは、本件代物弁済予約及び本件代物弁済が詐害行為に当たるとの主張と見ることができ、予備的請求原因との関係では、請求の趣旨における贈与の取消しもそのような趣旨のものと解するのが相当である。

三  そこで、進んで、本件代物弁済予約及び本件代物弁済が詐害行為に該当するかどうかについて判断する。

1  代物弁済の詐害性とその判断の基準時

右二において判示したように、B持分は訴外Bの訴外Cに対する債務の代物弁済として控訴人に移転されたものであるところ、代物弁済も一種の弁済であるから、相当な価格のものをもってされたときには、訴外Bにおいて訴外Cと通謀し、他の債権者を害する意思をもってした場合を除き、詐害行為にはならないというべきである。そして、本件のような代物弁済の予約が詐害行為に当たるとするためには、予約の時点において詐害性の要件を具備していることを要するものと解すべきである(最高裁判所第一小法廷昭和三八年一〇月一〇日判決・民集一七巻一一号一三一三頁参照。なお、本件代物弁済予約を予約ではなく諾成的な代物弁済契約と解する場合でもその判断の基準時は同じである。)。

2  本件旧債務の額

本件旧債務については元金一八〇〇万円に対し平成四年一二月四日から平成五年五月三一日までの利息として五〇〇万円を支払う旨合意されているが、利息制限法による制限利率年一割五分で計算すると、その間の利息は、一三二万三五四三円となり、訴外Cが平成五年五月三一日の時点で正当に受領できた金員は、元利合計一九三二万三五四三円であったことになる。

3  B持分の価格

他方、B持分の時価は、本件土地建物の取得価格五九一九万一四四〇円に持分割合六三〇〇分の二三〇〇を乗じると、計算上は、二一六〇万九五七三円になる。

しかし、訴外Bの住宅金融公庫に対する二三〇〇万円の消費貸借債務(以下「本件消費貸借債務」という。)を担保するために、訴外Cは、自己の持分に物上保証として抵当権を設定し、控訴人は、負担部分のない連帯債務のために自己の持分に抵当権を設定したことになり、訴外C又は控訴人が代位弁済をした場合の求償関係を考慮すると、実質的には訴外Bの持分によって右債務全額が支払われるべきことになるから、B持分の負担している抵当債務の額はその時価を超える。

また、右のように求償関係を考慮しないとしても、本件代物弁済予約時においては、B持分の計算上の価格二一六〇万九五七三円から持分割合に応じた抵当権の被担保債権額である八三九万六八二五円を控除すると、一三二一万二七四八円となり、その額は、本件旧債務の額に及ばない。

なお、本件消費貸借債務については、代物弁済後も訴外Bにおいて支払を続けるべきものとされており(≪証拠省略≫)、実際、訴外Bは、平成九年四月まで毎月一〇万一八〇四円の支払を続けていたが(≪証拠省略≫、証人B)、控訴人は、本件土地建物を売却せざるを得なくなり、同年五月一六日、その譲渡代金から残債務を完済している(≪証拠省略≫、弁論の全趣旨)。しかし、本件代物弁済予約の時点で訴外Bが既に大幅な債務超過の状態にあったこと(証人B、控訴人本人、弁論の全趣旨)を考慮すると、訴外Bが本件消費貸借債務の支払を約束していたとしても、訴外Bにおいてそれを完済できる見込みは実際には当初からほとんどなかったものと認められる。

右のような状況を前提とすると、B持分の時価は、本件抵当権の負担がない場合には前示のとおり計算上二一六〇万九五七三円となるが、本件抵当権を考慮すると実際には本件旧債務一九三二万三五四三円を超えるものではなかったと見るべきであり、これによって本件旧債務の代物弁済をしたことをもって不相当な価格のものによって代物弁済をしたものと見ることはできない。

ちなみに、訴外Bが平成五年六月から平成九年四月まで本件消費貸借債務の分割金の支払をしていたとすると、合計四七八万四七八八円の支払をしたことになるが、そのうちのかなりの部分が利息(二三〇〇万円のうち一四七〇万円については年四・八パーセント、八三〇万円については年四・九パーセント)の支払に充てられたものと認められることと(≪証拠省略≫)、その間の本件土地建物の価格の低下とを考慮すると(右の時期において土地建物の価格が低下傾向にあったことは公知の事実である。)、訴外C及び控訴人が本件土地建物を他に譲渡し、本件消費貸借債務を完済した時点においても、B持分のみで本件消費貸借債務を完済することはできなかったものと推認できる。

他方、本件旧債務については、平成五年五月三一日の時点の元利合計一九三二万三五四三円に対し年一二パーセントの利息を支払わなければならないことになっていたこと(≪証拠省略≫)からすると、控訴人又は訴外Cが本件土地建物の売却代金から代位弁済したことにより訴外Bに対し求償権を取得したとしても、本件代物弁済がなかったときと比較して訴外Bの債務が増加したことにはならない。

4  詐害意思の有無

前示の経緯と証拠(証人B、控訴人本人)によると、訴外Bが借入金二三〇〇万円のみでB持分を取得することができたのは、控訴人及び訴外Cにおいてその担保として自らの持分に抵当権を設定したことによるものであり、訴外Bにおいて本件旧債務を約定どおり履行できなかったにもかかわらず、控訴人及び訴外Cがそのような措置をとったのは、当時控訴人らが居住するために本件土地建物を購入する必要があったことと、その買受資格を取得するために訴外Bを連帯債務者として住宅金融公庫から借入れをする必要があったことによるものと認められ、そのような事情を考慮すると、控訴人及び訴外Cが訴外Bと通謀し一般債権者を害する意思の下に本件代物弁済予約をしたものと認めることはできない。

なお、旧建物についてはその建築費用をローンでまかないこれを訴外Bが完済したにもかかわらず、訴外Bから控訴人に贈与されており、その理由として認められる前記のような事情については若干不自然なところがないとはいえないが、それが本件代物弁済予約がされた事情ないし理由と関わるものであるかについては、これを肯定すべき事情を認めるに足りる証拠はないから、右の点は上記認定判断を動かすものではない。

5  詐害行為の成否

右の判示したところによると、本件代物弁済予約においては不相当な価格のものをもって代物弁済の予約をしたものと見ることはできず、また、予約の時点において訴外B及び訴外Cに詐害意思があったと見ることもできないから、これをもって詐害行為に当たるとすることはできず、本件代物弁済予約が詐害行為に当たらない以上、本件代物弁済をもって詐害行為に当たるとすることもできない(なお、本件においては、本件代物弁済の時期を基準として見ても、詐害性があったとすることはできない。)。

四  結論

よって、被控訴人の請求はいずれも理由がないから、原判決は相当ではなく、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消した上、被控訴人の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 新村正人 裁判官 生田瑞穂 岡久幸治)

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